大判例

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東京高等裁判所 平成7年(ネ)2160号 判決

東京都北区王子四丁目九番三号

控訴人

王子繊工株式会社

右代表者代表取締役

吉田幸一郎

右訴訟代理人弁護士

西村寿男

長尾敏成

右輔佐人弁理士

吉田精孝

広島県竹原市忠海町一〇二七番地

被控訴人

アトム株式会社

右代表者代表取締役

平健一郎

東京都板橋区高島平四丁目一六番三号

被控訴人

高和産業株式会社

右代表者代表取締役

髙橋禄郎

右両名訴訟代理人弁護士

中尾正士

山本英雄

今井光

右輔佐人弁理士

古田剛啓

大阪府箕面市船場東一丁目八番一号

被控訴人

おたふく手袋株式会社

右代表者代表取締役

井戸端岩男

東京都港区芝公園四丁目一番四号

被控訴人

株式会社セブンーイレブン・ジャパン

右代表者代表取締役

栗田裕夫

右両名訴訟代理人弁護士

岡田春夫

小池眞一

右輔佐人弁理士

北村修

鈴木崇生

広島県豊田郡本郷町大字上北方四〇八四番の六

被控訴人

シンエイ産業株式会社

右代表者代表取締役

秋田松雄

東京都北区豊島七丁目一三番二二号

被控訴人

株式会社アイダ

右代表者代表取締役

会田博

右両名訴訟代理人弁護士

河原和郎

右輔佐人弁理士

三原靖雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人アトム株式会社(以下「被控訴人アトム」という。)は、原判決添付別紙物件目録(1)及び(2)記載の手袋(以下「被控訴人製品(1)(2)」といい、それぞれについて「被控訴人製品(1)」、「被控訴人製品(2)」という。)を、被控訴人おたふく手袋株式会社(以下「被控訴人おたふく」という。)は、同目録(3)記載の手袋(以下「被控訴人製品(3)」という。)を、被控訴人シンエイ産業株式会社(以下「被控訴人シンエイ」という。)は、同目録(4)記載の手袋(以下「被控訴人製品(4)」といい、被控訴人製品(1)ないし(4)をまとめて「被控訴人ら製品」という。)を、それぞれ製造販売してはならない。

3  被控訴人アトムは、被控訴人製品(1)(2)の完成品及び半製品を、被控訴人おたふくは、被控訴人製品(3)の完成品及び半製品を、被控訴人シンエイは、被控訴人製品(4)の完成品及び半製品を、それぞれ廃棄せよ。

4  被控訴人髙和産業株式会社(以下「被控訴人髙和」という。)は、被控訴人製品(1)(2)を、被控訴人株式会社セブンーイレブン・ジャパン(以下「被控訴人セブンーイレブン」という。)は、被控訴人製品(3)を、被控訴人株式会社アイダ(以下「被控訴人アイダ」という。)は、被控訴人製品(4)を、それぞれ販売してはならない。

5  被控訴人髙和は、その所持する被控訴人製品(1)(2)を、被控訴人セブンーイレブンは、その所持する被控訴人製品(3)を、被控訴人アイダは、その所持する被控訴人製品(4)を、それぞれ廃棄せよ。

6  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文と同旨。

第二  当事者の主張

当事者の主張の要点は、以下に付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  本件明細書の記載について

本件明細書には、弾性糸の編み込み位置について股部Fを起点とするとの記載はないから、右編み込み位置を股部Fを起点とするとの原判決の限定的解釈は理由がない。

すなわち、本件明細書には、股部Fに集中する引張力を受け止めるためには、股部Fの最上位の緯糸に沿った第一列から弾性糸を編み込むことが不可欠であるとも、右位置に弾性糸を編み込まなければ弾性糸による前記作用が生じないとも、記載されていない。本件明細書には、弾性糸を編み込む箇所として、「親指の付根付近より手首に向かって掌の幅が次第に狭くなる形状的な事実」などが原因で強い引張力が加わることになる「股部Fからすそ部にかけての間」に弾性糸を編み込むと記載されている(本件公報三欄一八~三〇行)のであり、この記載によれば、本件発明の構成要件B「該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に」とは、股部Fからすそ部までの所望の部分に、適宜、弾性糸を編み込む旨を意味することが明らかである。

また、本件発明の構成要件Bが股部Fを起点とするものでないことは、構成要件Cの「股部Fを通る緯糸と平行に」との記載からも明らかである。すなわち、「股部Fを通る緯糸」自体に編み込まれた弾性糸は、「股部Fを通る緯糸」と「平行に」編み込まれた弾性糸には該当しないからである。

本件明細書には、股部Fの第一列に弾性糸を編み込む実施例しか記載されていないが、一般に実施例は発明思想を実際上どのように具体化するかを示すための例示的な説明にすぎないものであるから、右実施例を根拠として、本件発明における弾性糸の編み込み位置を股部Fを起点とする旨限定的に解することは許されない。

なお、本件明細書の発明の詳細な説明には、「編込み幅の目安としては、股部Fの最上位の緯に沿つた第一列から次列の緯に沿つた第二列・・・と複数列、平行に設けるのが良く、強力な弾性糸であれば一本でも十分な効果を発揮するのでその数は特に限定されないが、通常の弾性糸を使用する場合には股部から中指の中心辺までの径の目数を緯に数えた程度とする。」(本件公報三欄三〇~三七行)、「数列の弾性糸は、第一列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び、それを第二列の弾性糸が補強し」(本件公報四欄一六~一八行)との記載があるが、右記載は「複数列、平行に設ける」編み込み幅の目安を示したものであって、股部Fを起点とする旨の位置の特定をしたものではないうえ、その表現の仕方からみて実施例の説明としてなされたにすぎないものといえる。

2  本件発明の作用効果について

本件発明の構成による手袋(以下「本件手袋」という。)の股部Fの第一列の緯糸に弾性糸を編み込んでも、手袋の耐用期間を延長させる作用効果はない。このことからみても、弾性糸の編み込み位置について股部Fを起点とするとの原判決の限定的解釈には理由がない。

すなわち、編物である手袋において手を広げたときの引張力は斜めに生ずるものであるところ、本件発明は、手袋着用中に生ずるこの斜めの引張力が特に強く股部FのF点に集中することに着目し、股部Fからすそ部の間のいずれかの箇所に弾性糸を編み込むことによって手袋を手に密着させ、この股部のF点に集中する引張力を、股部Fからすそ部にかけての間の緯糸で受け止めて分散させることにより、手袋の耐用年数を長くしようと考えたものである。そうすると、本件手袋において股部Fの第一列を通る緯糸はもともと手に密着して股部のF点が引張力を受け止めているのであるから、右緯糸に弾性糸を編み込んでも何の作用効果も生じない。したがって、弾性糸の編み込み位置について、股部Fを起点とすることはあり得ないのである。

なお、広島地裁福山支部平成七年一月一八日判決(甲第一〇号証)は、本件発明における弾性糸の編み込み位置について右と同様の解釈を採用し、被控訴人ら製品と同様の手袋製品が本件発明の技術的範囲に含まれることを認めている。

3  先願考案について

本件発明と先願考案とは、いずれも弾性糸を編み込むという構造のものであるが、先願考案が単純に弾性糸を編み込むものであるのに対し、本件発明は、「引張力に対抗する弾性糸を編み込む」ものである点で相違し、その技術課題、技術手段及び作用効果等が異なるから、原判決の、本件発明の手袋においてF列を起点としない場合には先願考案と同一の構成となるとする解釈は、誤りである。

すなわち、先願考案は、長時間使用しても手によくフィットする作業手袋という目的のために、手袋の一部又は全部に弾性糸を編み込むものであり、しかも、手袋がたるまないように現状を維持しようとするのであるから、弾性糸を編み込まない状態の手袋の幅に弾性糸を編み込むものである。これに対し、本件発明は、手によくフィットさせるために弾性糸を編み込むものではなく、股部Fに集中する引張力を受け止めるために弾性糸を編み込むのであり、そのため、弾性糸を編み込まない状態の手袋の幅より相当程度(本件明細書では四割)狭く弾性糸を編み込むものである。

二  被控訴人ら

1  本件明細書の記載について

本件明細書には、控訴人の主張のように股部Fからすそ部までの所望の部分に、適宜、弾性糸を編み込むことを意味する記載はなく、反対に、弾性糸を股部Fを起点として編み込むことは、本件明細書の詳細な説明の技術手段、発明の作用及び実施例の項において、一貫して整合性をもって記載されている。

例えば、発明の作用において、「数列の弾性糸は、第一列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び、それを第二列の弾性糸が補強し、かくして終段の弾性糸まで徐々に負担を弱めながら全体として引張力に対抗する」(本件公報四欄一六~二〇行)との記載は、股部Fを通る緯糸自体に編み込まれる弾性糸が、股部Fに集中する引張力に最も強く対抗して伸びる弾性糸であることを記載するものであって、股部Fの最上位の第一列に編み込まれる弾性糸が、股部Fに集中する作用力を受け止める弾性糸にほかならないことを説明するものである。また、控訴人の引用する編み込み幅の目安に関する本件明細書の記載(本件公報三欄三〇~三七行)も、弾性糸を股部Fの最上位の緯糸に沿った第一列から、必要な目数で編み込むべきことを説明している。

原判決のように、特許請求の範囲の「該股部Fから」の解釈に際し、発明の詳細な説明の記載を参酌してそれが意味する技術思想を明らかにすることは、正当な判断方法である。

なお、本件発明の構成要件Cの「股部Fを通る緯糸と平行に」との記載は、弾性糸の編み込み方向を特定するにすぎないものである。

2  本件発明の作用効果について

控訴人の本件手袋の股部Fの第一列に弾性糸を編み込んでも手袋の耐用期間を延長させる作用効果はないとの主張は、本来客観的に導かれるべき特許明細書の記載から離れた、独自の主観的知見に基づくものである。すなわち、本件明細書には、前記のとおり、「数列の弾性糸は、第一列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び」と記載されており、F列の緯糸に弾性糸を編み込むのは意味がないとの主張は、この記載に全く反するものである。

しかも、F2列以下の緯糸方向に弾性力を付加することは、F点に集中する引張力を増大させるものであり、これを拡散、軽減、緩和する旨の主張は、技術的にも誤りと思われる。また、弾性糸を編み込む起点が股部Fを離れれば離れるだけ、股部Fに集中する引張力を受け止めるという効果が薄れるのではないかという重大な疑問も生ずる。

なお、前記広島地裁判決も、股部Fの最上位の緯糸に沿った第一列に弾性糸を編み込んでも意味がないとするものではない。当該判決は、本件発明の技術的範囲を解釈するに際し重要な先願考案を検討しておらず、その結果、本件発明において弾性糸を編み込む箇所の解釈を誤ったものである。

3  先願考案について

本件発明と先願考案とは、技術課題及び作用効果等が異なるとする控訴人の主張は、本件発明及び先願考案の明細書の記載に反するものである。

すなわち、本件発明の発明の効果の項には、「手への適合感、密着性を向上させ、手袋の脱げ出しを防止する」と明確に記載されているところ、先願考案においても、同一の技術課題及び作用効果が述べられている。また、先願考案のように弾性糸を編み込んで緊張力や収縮力が生ずる手袋においては、本件手袋と同様に引張力にも対抗することになる。したがって、本件発明の実施例としてF列を起点としない手袋は、先願考案と同一の構成となる。

第三  証拠

原審及び当審における記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原判決の引用

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。

その理由は、次に述べるとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第三 主な争点に対する判断」と同じであるから、これを引用する。

二  当審における控訴人の主張について

1  本件明細書の記載について

当審における、本件明細書には弾性糸の編み込み位置について股部Fを起点とするとの記載はない旨の控訴人の主張は、原審における主張の範囲を実質的に出るものではなく、それらがいずれも採用できないことは、原判決の説示するところに照らして明らかといわなければならない。

なお、原判決が認定した本件発明の構成要件Cの「股部Fを通る緯糸と平行に」は、股部Fを通る緯糸を含めて、これと平行の方向に弾性糸を編み込むことを示したものであり、股部Fを通る緯糸を除外する趣旨でないことは明らかである。

2  本件発明の作用効果について

本件明細書においては、原判決認定(原判決五七頁八行~六〇頁一〇行)のとおり、手袋着用中の第一列の緯糸Fに引張力が最も強く働くことから、これに対抗するため股部Fの第一列の緯糸に弾性糸を編み込むものであることが明確に記載されている。そうすると、本件発明において股部Fの第一列の緯糸に弾性糸を編み込んでも手袋の耐用期間を延長させる作用効果はないとの控訴人の主張は、本件明細書の右客観的記載と相反するものであり、本件発明を独自の主観的、事後的見解によって解釈しようとするものであるから、これを採用することはできない。

3  先願考案について

原判決六七頁三行目末尾に、次のとおり加える。

「これに付言するに、右のとおり、本件発明の構成用件Bを控訴人主張のように「股部Fからすそ部Zまでの所望の個所に、適宜、弾性糸を編み込むことを意味する」と解したうえで導き出される本件発明の実施の態様は、先願考案の実施の態様と全く同一のものとなることが明らかであるところ、先願考案の出願は、公知の実公昭三八-二五〇六二号公報(乙二)記載の、指部を除いてすそ部から手のひら部の全部に弾性糸を編み込む手袋の考案に基づき、きわめて容易に考案できるものとして拒絶査定がされ、出願人もこれに服して、拒絶査定が確定したことが認められ(乙四の一ないし七)、このことに照らせば、仮に本件発明の構成用件Bを控訴人主張のように解した場合には、本件発明もまた、先願考案と同じ構成を含むものとして、同じ理由で拒絶されなければならなかったものと推認される。本件発明が、それにもかかわらず特許されたのは、先願考案とは異なり、「該股部Fから、」との要件を規定することにより、弾性糸を編み込む起点を股部Fと限定したうえ、この構成による作用効果を強調したことによるもの(乙一の一ないし一四)と解される。これを覆すに足りる資料は、本件全証拠によるも認められない。したがって、この出願の経緯に照らしても、前説示のとおり、本件発明の「該股部Fから、」との要件は、弾性糸を編み込む起点を股部Fとする趣旨であると解さなければならない。」

三  以上によれば、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

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